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福岡高等裁判所 昭和38年(ネ)388号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 国

指定代理人 広木重喜 外四名

被控訴人(附帯控訴人) 富士運送有限会社

主文

原判決主文第二項を次のように変更する。

「被控訴人は控訴人に対し金一五一万二、七一七円及びこれに対する昭和三四年七月九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人その余の請求を棄却する。」

附帯控訴人の附帯控訴を棄却する。

訴訟費用(附帯控訴費用を含む)は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

まず、被控訴人は控訴人の本訴提起は訴権のらん用であると主張するけれども、この点に関する被控訴人主張の事実関係から直ちに控訴人の本訴提起が被控訴人を「困らせる」ためのみを目的としているものとは解されないし、延いてはそれが訴権のらん用などということはできないから、被控訴人の右主張はその訴訟法の地位について法律上の判断をするまでもなく採用できない。

そこで、控訴人の本訴請求について判断を加える。

まず、当裁判所は、原審と同一の理由に基き、被控訴人が自動車損害賠償保障法第三条により亡石田初義及びその妻石田美智に対し損害を賠償すべき義務を負担するに至つたこと、石田初義が向後二〇年間一カ月金三万七、七八〇円の割合による合計九〇六万七、二〇〇円の利益を喪失したと認定判断したから、原判決書一六枚目表九行目の「控除し」の次に「その残額三万七、七八〇円の割合による二〇年間分合計九〇六万七、二〇〇円の利益を喪失したものといわなければならない。」を加えた上、同一二枚目裏六行目から同一六枚目表九行目の右に加えた部分までの記載をここに引用する。

つぎに、石田美智の蒙つた損害額について考えるに、原審証人石田美智の証言によれば、美智は亡石田初義の妻としてその葬儀を執行したが、それに関して(イ)葬儀社その他葬儀費用として金一万五、〇〇〇円、(ロ)火葬場使用料として金一、〇〇〇円、(ハ)布施として金一万七、〇〇〇円、(ニ)会葬、通夜等接待用清酒代として金三、四七五円、(ホ)同白米代として金六、五〇〇円、(ヘ)同菓子代として金一万円、(ト)葬儀社及び火葬場行自動壷代として金一、〇〇〇円、(チ)会葬写真代として金一万二、七五〇円、(リ)会葬礼状印刷、送達費等として金四、二〇二円、(ヌ)供物葬儀通信費として金五、三七五円、(ル)忌明費用として金九、〇五五円、以上合計金八万五、七一七円を支出したことが認められ、この支出は石田美智が本件不法行為により蒙つた損害であるといわなければならない。控訴人は、右の外に「石田美智は(ヲ)香典返しとしての福祉事務所に対する寄付金として金一万円、(ワ)納骨堂建設費として金九万円、(カ)墓地基礎工事費として金六万二、六五〇円、以上合計金一六万二、六五〇円を支出し同額の損害を蒙つたと主張し、原審証人石田美智の証言によれば美智が右の支出をなしたことは認められるのであるが、右の香典返しとしての金一万円は他に特段の事情のない限りこれを美智の蒙りたる損害とは認め難く、また納骨堂関係の金一五万二、六五〇円は、それが亡石田初義のためのみのものではなくして石田家のものとして設備建設されたものであることは控訴人の自ら主張するところであるからその全額について美智の蒙りたる損害とは認め難く、しかしそのうちの幾何かはその損害と認めるべきなのであるが、その額を算定することのできる資料がない。従つてこれら三ツの項目の請求は理由がない。

そこで被控訴人の過失相殺の抗弁について考えるに、坂本年明は前認定のとおり石橋利安運転の普通貨物自動車と離合する直前まで道路中央線に副つて進行したが、事故現場は幅員僅か八・五メートルの道路でその上大きくカーブしているのであるから、自動車運転者たる者はかかる道路上において対向する大型自動車と離合するに際してはあらかじめできるだけ道路の左側寄りを進行し、対向者の右側面との距離を充分にとつて進行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき義務があるにかかわらずこれをモり、接触直前までその措置にいでず漫然道路中央寄りを進行した点に坂本年明にもまた過失があり、これが本件事故発生の一因を作つたものといわなければならない。ところで成立に争のない甲第一六号証によれば、坂本年明運転のジープは第一大隊長すなわち石田初義の専用車であり、坂本は石田初義付の運転者であつたこと、本件事故当時石田初義は公務のため右ジープに乗車していたものであることが認められる。かかる場合、石田初義が民法第七二二条第二項にいう「被害者」に該当すると直ちにいいうるか否かは別論として、たとえそれに該るとしても、両者の過失に関する前示認定の各事実を比較し、本件にあらわれた一切の事情を斟酌すれば、結局石田初義の損害額は前認定の損害額九〇六万七、二〇〇円(一カ月金三万七、七八〇円の割合による二〇ヵ年分)の範囲内において金八四〇万円(一カ月金三万五、〇〇〇円の割合による二〇ヵ年分)と定めるのが相当であり、石田美智の損害額八万五、七一七円についてはこれを斟酌しないのが相当であると認める。

ところで、右金八四〇万円はその性質上向後二〇年間に順次毎月金三万五、〇〇〇円宛取得するものであるから、一時に損害の賠償をさせるについては、毎月毎にホフマン式複式計算法により年五分の中間利息を差引くのが最も合理的であり、そしてその計算の結果は金五八一万三、六九五円(35,000×16610558375 = 5,813,695.4-。円位未満は四捨五入)であることが明かである。

そして、成立に争のない甲第一七号証によれば、石田初義には妻美智の外、その間に生まれた長女初美、長男洋一、二女明美、二男健二の四子のあることが認められるので、その五名において相続により右金五八一万三、六九五円の損害賠償債権を承継したものというべく、そして美智ら五名が本件事故につき自動車損害賠償保障法に基き保険会社より金二〇万円の損害賠償額の支払を受け、それは右の損害賠償債権の弁済に充てられたことは控訴人の自認するところであるから、結局被控訴人は美智に対しその差額五五一万三、六九五円の三分の一に当る金一八三万七、八九八円(円位未満四捨五入)と前記葬儀費用の損害額八万五、七一七円について賠償義務があるといわなければならない。

ここで、被控訴人は、「被控訴人は昭和三四年七月四日石田美智との間において、本件事故につき自動車損害保障法に基き保険会社より支払われる金三〇万円を石田美智が受取ることによつて本件事故に関する損害賠償関係を一切解決する旨の示談が成立し、それに基き美智は右の保険金を受取つているのであるから、被控訴人は美智に対し損害賠償義務はない」と坑弁し、控訴人はこれを争い、たとえ美智においてかかる意思表示をなしたとしてもそれは美智の真意に基かないもので無効であると争うので、この点について判断を加える。

成立に争のない乙第一号証によれは、正にその旨の示談が成立したかに見える。しかしながら、同号証の作成されるに至つた経緯について考えて見るに、原審並びに当審証人石田美智、古賀マサ子の各証言、当審証人岩元三郎の証言及び当審における被控訴人代表者本人尋問の結果に弁論の全趣旨を合せ考えれば、被控訴会社代表者古賀広喜はおくやみかたがた本件事故の解決をも意図して昭和三四年七月二日の午後石田美智方を訪ね、美智に対しおくやみを述べた後、「自分の会社は小さい会社で経営も苦しく今度の事故についてお渡しできる金もない。幸に今度のような事故に備えてそのための保険に加入してあり、お渡しできる金といつてもそれのみであるから、それを早急にとつてお渡しすることにする。そしてその保険の最高額たる金三〇万円をとりうるためには示談言という文書が必要であり、それを自分の方で作成して持参するからよろしくお願する。それをもつて今度のことは円満に解決して欲しい」とかかる趣旨をその表現をもつて懇請し、これに対して美智は、二日前の六月三〇日に驚愕の本件事故に遭遇し、同夜は通夜に明け、翌一日は遺体の茶昆に立会い、翌二日自衛隊葬とうち続き、それを済まし、帰宅して横になつた、正に悲嘆と疲労困憊の極にあつたそのときに古賀広喜の来訪を受けたので、それをおして無理して起上り古賀に相対しそのいうことを聞いてはいるものの、そのようなことを突然に言出されて何が何やら全然理解できず、かかる対談を早く打切りたいという意図のみが前面に出ているうち、その場の雰囲気からその保険金受領のために要するという示談書なるものの作成について承諾しさえすればそれが切上げられると感じとり、「保険金受領のために要するという示談書作成には応じませう」という表現をもつて答えてその対談を終つたこと、従つて美智としてはそのとき本件事故についての損害賠償を如何に処置するかというが如きことは全然考えていないのはもちろん、そのようなことを考える気力すら持合せトおらず、ただ右の意味においての示談書作成に応ずるということのみでかかる表現をもつて返事したのであり、一面古賀としても美智がかような状態にあつて古賀のいうことを全然理解できておらず、単に右の意味においての示談書作成についてのみ承諾したものであることを容易に推察できる状況にあつたこと、そしてその翌々日の三日に古賀の妻である古賀マサ子が乙第一号証と他に同文のもの二通合せて三通の示談書(美智の署名捺印らんのみを空白にして他は全部記載されたもの)を持参したので、美智はこれが保険金受領のために要するという示談書であると信じて何の疑も持たずその三通に署名捺印して古賀マサ子に交付したが、その際はその記載内容についての言葉のやりとりは全然なかつたことが認められ、前顕古賀証人及び被控訴人代表者本人の各供述中右認定に反する部分は当裁判所の信用てきないところであり、他に該認定に反する証拠はない。そこで、右認定の事実関係のもとに考えて見るならば、七月二日の古賀広喜と美智間の対談では保険金三〇万円を美智が受取ることによつて本件事故に関する損害賠償関係を一切解決する旨の示談の合意が成立したものとは到底解することはできず、ただ保険金受領のために要する示談書すなわち乙第一号証を作成するという合意のみが成立し、そして同月四日に右の合意に基き乙第一号証の示談書が作成されたものであると解するを相当とする。しからば右乙第一号証は被控訴人主張の如き示談成立の認定資料とはなりえないものといわなければならない。そして他に右示談成立を肯認できる確証はない。もつとも、仮に美智が何はともあれとにかく乙第一号証に署名捺印したことによつて一応その記載内容の示談が成立したと解しうる余地があるとしても、それは前認定の事実関係から見るならば示談の内容が債務の一部免除とすれば民法第九三条但書により、免除契約あるいは和解とすれば同法第九四条第一項により、いずれにしても無効であるといわなければならない。よつて、被控訴人の右抗弁は採用できない。

ついで、成立に争のない甲第一号証及び原審証人石田美智の証言によれば、控訴人は昭和三四年七月八日石田美智に対し、国家公務員災害補償法に基き遺族補償として金一七二万七、〇〇〇円葬祭補償として金一〇万三、六二〇円を支給したことが認められるので、控訴人は同法第六条第一項によりその補償額の限度において美智の被控訴人に対する右認定の損害賠償債権を取得したものといわなければならない。もつとも、この点に関し、被控訴人は右の第六条は憲法第二九条に違反し、また民法第九〇条に違反↓し、いずれにしても無効である旨主張するが、それは右の災害補償が職員の労務の対価としての給与であるということを前提とするものであるところ、災害補償を如何なる性質のものとして理解するかは別論として、尠くともそれが職員の労務の対価としての給与であるとは到底理解できないので、被控訴人の右の論旨はいずれもその前提を欠き、殊に後者の如きはかかる論議の立つ余地すらないのであるから、被控訴人の右主張は採用できない。

そして、控訴人が石田美智から同人が受領した保険金三〇万円を受領し、それを遺族補償に該当する被控訴人の損害賠償債務の一部弁済に充当したことは控訴人の自認するところであるから、被控訴人は控訴人に対しその差額金一四二万七、〇〇〇円と葬祭補償に相当する金八万五、七一七円の合計金一五一万二、七一七円及びこれに対する昭和三四年七月九日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるといわなければならない。従つてそれを超過する部分は理由がなく棄却を免れない。

最後に、当裁判所は、原審と同一の理由に基き、控訴人のジープの損傷による損害賠償は金五万円の限度で認容すべきものであること、被控訴人の反訴請求は失当として排斥すべきものであると判定したから、その記載すなわち原判決書二〇枚目裏三行目から二一枚目裏五行目までをここに引用する(被控訴人が昭和三八年八月二日の本件口頭弁論期日において陳述した同年七月一五日付準備書面に「債務証明書」と題する書面が添付されているのであるが、それは正式に証拠として提出された形跡がないからそれに対して判断を加える必要はないが、仮にそれが書証として提出され、かつ真正に成立したものと認められたとしても、単にそれのみで被控訴人に損害賠償債権が存在するとは認定できないばかりでなく、その記載内容も真ちに真実に吻合するとは考えられない)。

よつて、控訴人の本件控訴は一部理由があり、被控訴人の附帯控訴は理由がないので、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村平四郎 丹生義孝 中池利男)

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